成河と藤田俊太郎が築いた、観客を共演者に変えるオートフィクション・ミステリー『ナルキッソスの怒り』レポート
リアルと虚構が交錯するオートフィクションで描かれる舞台『ナルキッソスの怒り』が4月18日より東京・東京芸術劇場 シアターウエストにて上演中。
セルヒオ・ブランコ作、仮屋浩子翻訳で出版されている『ナルキッソスの怒り』は、2015年にモンテビデオでセルヒオ自身の出演により初演して以降、南米をはじめ世界各国で上演され、2020年のロンドン公演は、「オフ・ウエスト・エンド・シアター・アワード」の2021年度最優秀新作賞を受賞。そして今回、演出・藤田俊太郎、出演・成河のタッグで日本初上演に挑む。
「成河」か、「セルヒオ」か。
現実と虚構が解け合う迷宮のようなひとり芝居。
世界各国で絶賛されてきたセルヒオ・ブランコ作『ナルキッソスの怒り』が、ついに日本初上陸。
主演の成河、演出の藤田俊太郎、そして翻訳の仮屋浩子が「日本のお客様に届けるための言葉」を1年かけて練り上げ、単なる翻訳を超えた、本作のための「作家業」を共に行ったという。
出演者は成河、ただ一人。
開演前、ふらりと客席に現れた彼は、隣人に話しかけるような軽やかさで観客との対話を始める。
そのまま境界を越え、物語(舞台)へと足を踏み入れていくが、そこでもなお彼は「俳優・成河」として語り続ける——。
スロベニアのホテルで出会った青年イゴールとの情事。そして、部屋のあちこちに見つかる不可解な「染み」。
劇作家セルヒオが体験した実話に基づくというこの物語は、観客を戦慄の真実へと誘っていく。
成河は、観客を「完全な共演者」と呼び、劇場でしか味わえない濃密な対話を2時間繰り広げる。
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オートフィクション・ミステリーという刺激的な形式でありながら、その根底にあるのは「人間の営み」への眼差し。
「最後まできちっと手を繋いで、安全な場所にお連れします」という成河の言葉通り、観客はスリリングな体験の果てに、豊かで穏やかな景色を目撃することになるだろう。
取材会
成河: 出会いから1年以上前になりますが、非常に特殊な様式で書かれた戯曲なので、そのまま翻訳して日本で上演するのはほぼ不可能な状態でした。僕自身が言葉の細部まで関わらせていただくような創作スタイルでないと上演は難しいと感じたので、「どうすれば上演できる形になるのか」を試行錯誤し続け、1年間準備して今に至ります。
藤田: あらゆる様式を内包した、鮮烈で非常に大きな物語だと感じました。まずはこの作品に出会えたことに感謝しています。 原作を読んだ際、あらゆる想像力が刺激され、さまざまな場面や思いを巡らすことができました。「この仕事を一緒にしたい」という強い思いを抱くなか、成河さんに出会い、さらに想像力が膨らみました。そこから稽古を重ねることでまたさらに膨らみ、そして初日に至る、という状態です。
――日本で上演するためにクリアしなければならない課題も多かったと思います。具体的にはどのような作業があったのでしょうか。
成河: とてもシンプルで、「作家」が必要なんです。アダプテーション(翻案)するとき、日本人の作家が必要になるのですが、それをするには膨大な時間がかかりますし、誰を選ぶかによって作品がだいぶ変わってしまう。単なる翻訳ではできなかったんです。
じゃあ、その作家の部分を誰がやるんだとなったときに、僕と藤田さんと、翻訳の仮屋浩子さん。この3人で今回の上演のための「作家業」をすることになったのが1年前です。それでようやくスタートできた。もちろん、本来はこういうものは若手の作家さんたちに繋いでいくのが一番健康的だとは思います。ただ、作家さんとの出会いもありますし、膨大な時間がかかる作業なので、「当たり外れ」になってしまっては興行にならない……少しややこしい話をしましたが、内実はそんなもんなんです。そうやって、今の形になっております。
藤田: 今作には出版されている原作本がありますが、先ほど成河さんがおっしゃったように、劇作家が「作家という自分自身」を登場させた作品なんです。その作家という存在を、どのように日本版にアジャストするのか。
「成河」さんという登場人物が、劇中の「作家」を演じる。この構造を日本のお客様に一番伝わる形で上演台本にするために、この1年間、私たちは時に立ち止まり、時に思いっきり立ち止まり、そして時に思いっきり進み——そんなことを2週間に一度交流をしながら、積み重ねて今日までやってきました。
――脚本を固めてから稽古に入り、そこから演技を詰めていくという流れだったのでしょうか。
成河: いえ、稽古場に入ってからもずっと構成を練り直していましたね(笑)。もちろん、ミザンス(舞台上の動線や配置)を決める作業もありましたが、それ以上に台本の再構成や「どこをカットするか」という判断がどうしても必要だったんです。 原作者のセルヒオ(・ブランコ)さん自身、ご自身で上演される際は「3分の1くらいカットした」というほどでしたから。どのシーンを削り、どこをどう繋げるべきかを探ることが、結局は稽古の主題になりました。また、一つひとつのセリフに「どの日本語を当てるべきか」ということにも、こだわって稽古を進めてきました。
藤田: 稽古場で成河さんがずっと仰っていたのは、「作家性」についてでした。作家が何を考え、何をこの物語に託そうとしたのか。あるいは、何が託せないと思ったのか……。 この作品に流れる作家性というのは、掴めそうになった瞬間にふっと消えてしまい、かと思えばまた現れる。その実体のなさを追い求める作業は、非常にスリリングで楽しい時間でした。
――セルヒオさんからも、何かアドバイスをいただいたのでしょうか。
藤田: アドバイスというか、まずセルヒオさんと交流をし、日本版はこのように上演したいということをお伝えさせていただきました。そして、上演台本を作る過程や稽古中にもこちらからの問いかけに対して、新たな提案をいただく――そういう交流もありました。
成河: 実際に舞台を観ていただくと分かるのですが、常に観客とずっと対話をしてるんですね。それは「対話の振り」ではなく、直接的な交流をずっと続けるもの。 つまり何かというと、外の国のものではいけないので、1年前の段階でセルヒオが「これは日本バージョンとして、日本のものにすべきだ」とまで、彼は言い切ってくださいました。それがなかったら、多分できなかったと思います。
――成河さん自身、一人芝居の経験はあると思いますが、この「オートフィクション」の面白さや、苦労した点はどういったところに感じていますか?
成河: 幕が開けてどう思うか、僕自身も楽しみなところではありますが、「オートフィクション」という言葉に、我々もお客様もあまり踊らされないようにしたいなとは思います。本人が言っている言葉ではなかったりもするので。観ていただければ、オートフィクション自体はとても分かりやすい、よくある形式だったりもします。
それが大事だというよりかは、一人芝居にも色々なスタイルがありますが、2時間、本当に観客と1秒たりとも離れず、ずっと話しかけ続けるというのは僕も初めての経験になります。その状態でどこに連れていけるのか、というのは非常に鍛えられるというか、これまで自分のやってきたことが問われるというか……とても大変なことなので(笑)。今日もまだゲネプロですけれど、皆さんにご協力いただけたらと思います。よろしくお願いします。いっぱい話しかけます(笑)。
藤田: これは、「オートフィクション」という名のお客様と共に紡ぎ上げる物語だ、と僕は考えております。上演中、成河さんはお客様に常に与え続けるし――もしかしたら演劇においては当たり前のことなのかもしれないですけど――そしてお客様も常に与えてくださる。この「与える・与えられる」という関係が2時間ずっと続いていく、と考えてください。ですので、上演時間の目安はあるんですが、もしかしたら日によって大きく変わるかもしれません(笑)。
その日のお客様によって全く空気が変わるので、毎公演、全く表情の違う上演になるんじゃないかなと思っています。お客様と成河さんが呼吸して与え合うことで、過去・現在・そして未来を超えて、劇場で想像力や「痛み」を共有する。この痛みを乗り越えて、劇場から演劇という大きな喜びを持って帰っていただけたら嬉しいなと思いながら、一生懸命カンパニー一同、創作してまいりました。
――では、最後に皆さまへメッセージをお願いします。
藤田: ひとつ、皆さんにお伝えしたいのは、劇場に入ってからこの作品はどんどん成長していくということです。成河さんのお芝居や、この作品への取り組み。これが何とも名付けようがないほど、非常にユニークな作品だと思っているのですが、「演じている姿を見てください」という言葉では、少し違っている気がしています。 舞台上で表現者としてそこに存在し、伝える。その姿をぜひ目撃していただきたいなと思います。そして、自慢のスタッフワーク。プランナーやスタッフ陣の一人ひとりが、この作品にある種、惚れ込んで入れ込んで、色んな工夫をして一緒に作ってきました。ようやく、お客様にとても良い状態でお渡しできる場所にたどり着きましたので、ぜひ楽しんでいただきたいと思っております。
成河: 難しく聞こえてしまうかもしれないんですが、「見ること・見られること」が大きなテーマの一つになっています。その関係を、わりとダイレクトに、直接的に扱っています。ですが何のことはない、ずっとお客様とお喋りをしているような状態なんです。その日のお客様がその日の作品を作りますし、その時その時のしょに完全な「共演者」になる。お客様と一緒に作るということが、毎公演行われることになります。 少しだけ、怖いお話になる部分もあります。でも、最後まできちっと手を繋いで安全な場所にお連れしますので、どうか怖がらずに。その先にある豊かで穏やかな「人の営み」にたどり着くために、しっかりと手を繋いで、そこを乗り越えていけるような2時間を過ごしていきたいと思います。
©『ナルキッソスの怒り』2026/撮影:岩田えり
『ナルキッソスの怒り』は、 2026年4月18日(土)~4月30日(木)、東京・東京芸術劇場 シアターウエストにて上演。
公演概要
『ナルキッソスの怒り』
【作】 セルヒオ・ブランコ
【翻訳】 仮屋浩子(『ナルキッソスの怒り』北隆館刊)
【上演台本】 仮屋浩子、成河、藤田俊太郎
【演出】 藤田俊太郎
【出演】 成河
【開催日程・会場】 2026年4月18日(土)~ 4月30日(木) 東京・東京芸術劇場 シアターウエスト
チケット料金(税込):指定席 8,800円 / 原作本付指定席 10,400円
※未就学児入場不可
※本作品には、一部性的な表現や暴力的な描写が含まれています。予めご了承ください。
公式HP: https://narcissus-stage.com/
公式X: @narcissus_jp
【主催・製作】 エイベックス・ライヴ・クリエイティヴ/シーエイティプロデュース
【企画】 シーエイティプロデュース
【お問合せ】 チケットスペース 03-3234-9999(10:00~15:00※休業日を除く)